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合格体験記

合格体験記Vol.52

【ペンネーム】 しゃーりんしゃん。


2015年3月 私立愛知淑徳高校卒業
2015年4月 河合塾千種校早慶Exコース W1クラス入塾
2016年4月 早稲田大学文学部入学


早稲田を志望した理由・時期


  反抗期の継続中だった自分はとりあえず親元から離れたかった。
それに色んな面白い人と出会いたかったし、挑戦したいことが山ほどあるので、とりあえず都心で、人がいっぱいいる東京の大学に絞った。
更に、人に「すげー」と言われたかったし、親にオーケーと言ってもらえそうだからということで、結構適当に早稲田にした(父が早稲田出身だったことや、他の大学の名前を知らなかったのも原因)。



高1~高2 ―年々減ってく勉強量―


  高2の秋頃まで演劇部に所属していた。
中高一貫の高校だったこともあって、年々勉強しなくなっていっていた。
高1の始めに何故か勉強に再熱したが、特に目標がなく、良い大学に行こうという気もなかったのでだんだんやる気は低下していった……。
高2は学校の授業もろくに聞かず、テスト勉強を赤点回避の理由以外でしたことは微塵もなかった。
世界史などは特にひどく、記号問題が多いのを良いことに全て適当に記号を書き入れて30点以上キープという感じであった。



■高3 ―熱量を傾けるバランスに失敗、だが悔いはない……―


  早稲田志望を公言していたのもあり、そろそろ勉強しよっかなーということで、高3の春休みは高2で既に終わっているはずの世界史の範囲を教科書1ページ目から覚え始めた。
本当になんにも覚えてなかったし、ノートもとっていなかったので父からもらった山川の各国史で書き込み式のノート片手に全部自己流で暗記した。
そして高3始まって最初の模試でいきなり世界史の偏差値が45から70に。
このあと世界史が大好きになりヒマがあれば世界史ばかり勉強していた。
私の天敵、偏差値44、センター模試58点からのスタートである英語から目を背けるためにも……。

  またうちの高校は学園祭への熱量がすごい高校で高3の活躍の場が多くあった。
私はたいして勉強もはかどっておらず、早稲田もE判定ではあったが悩みまくった末に学園祭の演劇部門で実行委員長をやることを決意した。
好きなことは夢中になってしまうタチなので夏休みはなにをしていたかというと大量のプリントづくりに、担当クラスへの巡回、委員の振り分けなどなど。
部活をやっている以上の忙しさだった。
勉強はむしろ息抜きという程度しか時間を割かなかった。

  そして秋。この時期が一番しんどかった。
夏前にはじめて英語が140点代にあがったのに、秋にまた下がってしまったのだ。
もちろん得意な世界史も時間が割けてないだけ下がったし、国語もセンターの練習ができておらず、時間が足りなかったのでどうしようもなかった。
学校でベンチに座って泣いた。
実行委員長をやったことを絶対後悔したくないと思っていたこともあって余計苦しかった。
涙が、止まらなかった。



■高3直前期


  河合塾の早慶オープンという模試を受けてみるも惨敗。
志望している全ての学部で一番悪いD判定。
この模試はとても難しいと聞いていたので、あまり気にすることもなく結果をスルーしてしまった。
みんなが過去問をガンガンやり始めたていたので自分も立教、早稲田の過去問を初めて解いてみた。
世界史と国語は難しいとは感じたが、このままやれば戦えるな、と多少は自信が持てたが、英語は案の定何もわからなかった。
先生は自分の弱点を見極めるようにアドバイスしてくれたが、そもそも文法も単語も長文読解もすべて中途半端で基礎のない私にはどこが苦手なのかを正確につかむなんてできっこないことであった……。
結局センターやら立教の問題で量をこなすという作戦にでることにした。


2015年センター試験結果

英語・・・151点
リス・・・38点
国語・・・160点
世界史・・・88点


  なんとも微妙な結果だった。
世界史と国語は過去問で9割いくようになっていたし、英語もやっと170超えるか超えないかくらいはいっていたのだが、現実はそう甘くなかった……。
もとから出していた中央のセンター利用もおそらく落ちているだろうということで、一応浪人回避で愛知の有名私大にセンター利用を2つ出した(ありがたいことにここの大学はセンター後出願できた)。
全く行く気がなかったのに何故出したのかといえば、なんでもいいからそこそこの大学での合格がほしく、藁にもすがる思いだったからだ。
ある意味精神安定剤のようなものだろう。

  早稲田の本番まではなんともフワフワした毎日だった。
まずは立教。 初めての会場にいって受ける入試ということでかなりプレッシャーはあったがあんまり緊張せずに解いた。
英語は苦手だったのにものすごくスラスラ読めて、解答速報では確か9割を超えた(他の教科は不明)。
立教の合格に淡い期待を抱きながら愛知に一度帰るも、やはり気がついてなかっただけでストレスは頂点。
吐き気と腹痛と頭痛で眠ることも食べることも出来ずに新幹線に乗っていた。

  次は早稲田3連チャン。
過去問の出来もそう変わらず、一度も英語が合格点に達することなく本番を迎えた。
文化構想学部が第一志望だったので、3連チャンのなかで一番始めだった。
しかも前日は立教の一般の方の入試だった。
しかし意外と立教のテストのおかげで腹をくくれ、勢いがあったので、今までで一番にいい手応えでテストは終わった(結局落ちてたけど)。


2015年度受験結果

東京女子 現代教養学部 (センター利用) 合格
立教大学 文学部 (センター利用) 不合格
中央大学 文学部 (センター利用) 不合格
南山大学 外国語学部 (センター利用) 合格
南山大学 人文学部 (センター利用) 合格
立教大学 文学部(全学部) 不合格
立教大学 文学部(一般) 不合格
早稲田大学 文化構想学部 不合格

早稲田大学 文学部 不合格
早稲田大学 教育学部地理歴史専修 不合格


  変に地元の私大が受かってしまったので、親にもうそこに行けば幸せだ、そうしなさいよ、といわれた。
それにもう一つ滑り止めの東京女子も受かっており、

・地元に残る
・東京に行く
・浪人する

という3つの選択肢が出てきてしまい、私を死ぬほど悩ませた。
学校で担任の先生に泣きつき、何度も話しを聞いてもらった。
そのとき帰り道に「俺たち大人の1年って色々関係してくるけど、おまえらの1年はそう変わんないよ。浪人してみたって大丈夫だよ。若いんだから。」
そう言われてなんだか勇気がわいてきた。

  そしてもうひとつの決め手は父だった。
どこの大学に行って欲しいとは受験期1度もいわなかった。
父が、私が早稲田の不合格発表の日から本当に意気消沈し、ベットから動けなくなっていたときに言った一言
「お前がパパの大学を目指してくれたこと、ほんとに嬉しかったよ。ありがとう。」 普段こんなこといわないのに……。
これを聞いたらもう悲しくて悔しくて、来年はこんなつらい形じゃなくて、本当に喜んでくれたらな、そう思えた。

  大学の4年間。人生の夏休み。二度とやってこないもの。
どうせ過ごすなら最高の4年間にしたい。
したいことを、大好きな場所で。
たくさんの可能性に満ちあふれた早稲田で。
そして、たくさんの人に私が合格することで、恩返しをするんだ。
そう決意して、私は浪人に踏み出した。



■浪人時代(前半)


  春期講習前までは友達と遊び、家では本棚にある漫画ほぼ全て読み直し、ゲームはDQ5とFF10を全クリし直した。
理由は自分の勉強の妨げになる娯楽をほぼ全部総ざらいすることで、それらをやりたくなる欲を失わせられると考えたからだ。
これは非常に良かった。
ぜひぜひおすすめしたい。

  講習が始まってからは自習室に開放と同時に入り閉室の時間まで勉強した。
途中から自習室で1番の番号札の席に座ることを目標に登校するようになっていった。
やることはただひたすら河合塾のテキストをやりこみ、河合塾の先生の言うことを盲目に信じて勉強することだけだった。
この「盲目に」というのは私にとっては重要なポイントだった。
自分はめんどくさがりで、現役の頃からうだうだ勉強法ばかり調べ、楽な勉強法ばかりになびいてしまっていたのでこのような無駄な時間を削るためにも「盲目」であることが必要だった。

  夏は先生の薦めてくれた参考書をやり、夏期講習、前期の復習で手一杯だった。
夏もわりかしまだ先生の言うことに「盲目」でいた。
しかし!間違えないで欲しい。秋からは自分の弱点が浮き彫りになる。塾生活ももうなれっこになる。「盲目」でいるのはやめてください。
そろそろ自分で考えてやる時期です。
先生方の授業のおいしいとこだけ自分のものにするという「柔軟性」を秋からは手に入れてください。



■浪人時代(後半)


  前期の時からの開室から閉室まで自習室にいるというルーティーンは乱さず勉強していった。
夏の模試で異常にいい成績が出てしまったため逆に萎えてしまったり、とうとう夏休みが終わってしまったというプレッシャーから情緒不安定で、電車で泣いたりしていた。
しかしここで本当に重要だったのは、「いつもどおり勉強すること」だった。
人それぞれかもしれないが、私はこれが1番大事だと思う。
なぜなら秋に入って周りも焦りだし、授業をサボり始めるからである。
私は、小論文は慶応を受けるつもりはなかったので必要なかったが、結局最後まで真面目にやった。
早稲田単体で志望している子達は即座にその授業をサボっていたが、今振り返ると授業を1個でもサボったことのある子は早慶にほとんど受からなかった。


2016年度センター試験結果

英語:176点
リス:36点
国語:174点
世界史:89点


  またもやなんとも言えない点数だった。
河合塾のセンター模試や過去問での自分の出来を考えると、なかなかの悪い点数をとってしまった。
早慶受かる奴ならセンターは9割越える上に時間が余る、といった根も葉もない噂に惑わされて、自分の英語の点数コンプをかなり引きずった。
また、MARCHのセンター利用が合格するか否かの点数を中途半端にとったせいでかなり気が散った。



■浪人時代(直前期)


  最後の追い込みだったので過去問をひたすら解いた。
マーチレベルは各3,4年分は英語を解き、他教科は1,2年分ほど解いた。
上智は問題の癖が強く全教科時間配分が鬼なので各5、6年ずつ3教科解いた。
早稲田に関してはそれぞれとりあえず文・文構・教育の3学部の3教科を10年分ずつこなした。
これは本当に莫大な量なので丸々1ヶ月半以上かけて終わらせたような気がする。
しっかりと今まで基礎固めをしてきた人はここが勝負所なので余裕を持ったスケジュールで過去問に取り組み、本番の戦略や、問題の傾向を分析しよう。
この頃は不安とストレスが最高潮といった感じだったので友達と話す機会が増えてしまった。
当時はよくないと思っていたが、今思うとそれが私の心を支えてくれていたのだ。


2016年度受験結果

東京女子大学現代教養学部(センター利用)合格
中央大学文学部(センター利用) 合格
立命館大学文学部(全学部) 合格
立教大学文学部史学科(センター利用)不合格
明治大学文学部   (センター利用)不合格
立教大学文学部史学科(全学部)合格
立教大学文学部史学科(一般)合格
明治大学文学部 (一般)合格
上智大学文学部史学科(一般)合格
法政大学文学部 特待生合格

早稲田大学文化構想学部 合格
早稲田大学文学部 合格
早稲田大学教育学部地理歴史専修 合格





■早稲田入試当日


  文構:文化構想学部が当時は第一志望だったので、無駄に緊張してしまい、かなり配点の高そうな英文並び替えがほとんどわからなかった。
時間配分にも大失敗しており、最後の1文要約は白紙のままでの提出となってしまった。
国語も手応えが微妙だった上、これもまた時間がなくて一部文章を読まず選択肢を切る形になった。
世界史は通常運転でかなり出来たし、たまたま前日に立教の入試で間違えた問題が出た。

文:文構で犯した過ちを二度と繰り返さないということだけ念頭に、時間配分を大きく変更して英語を解いた。
過去問でもやったことのない時間配分で一発勝負のような作戦となってしまったが奇跡的にうまくいき、空欄などは一切なかった。
文はまさか受かるとは思ってなかった学部で「どうせ受かる見込みがないなら、緊張して解くより、緊張しないで解いたほうが断然良いだろう」と思って挑めたのも非常に良かった。
終始落ち着いて試験を受けていた。

教育:過去問の出来が一番悪かった学部だったのだが、英語の相性が本番最高に良かった。残りの教科もその勢いのまま解いた。
そしてなにより人生最後の受験で、これでこの生活から解放されると思ってすごく喜びを感じながら解いた(笑)。
多少の心の余裕があるだけで問題の解け具合は変わったりするので、受験生は本番自分を思い詰めないでリラックスすることが大事です。

早稲田の中で1番はじめの合格発表は、当時第一志望の文化構想だった。
去年の不合格の電話の音声が蘇る。
合格を調べられるようになってからも、なかなか見る勇気が出なかった。
腹をくくり、電話をかける。緊張のあまり何度も何度も電話での番号入力を間違えた。
そして……

おめでとうございます。合格です。

その音が流れた後はしばらく信じられず立ちつくした。
少したって親に自分の口から合格ということを告げるとき、唇が震えた。
早稲田合格がはっきりとした「現実」として立ち現れた。
流れる涙は、とめどなかった。




■勉強時間


平日:4~5h(授業時間除く)
休日:9~11h
毎日勉強を始める時間、ご飯を食べる時間、おやつの時間、帰る時間がほぼ一緒で、ロボットのように行動していた。
普通は出来ないと言われたが、春休みから続けていたので、完全習慣化してしまった点が非常に良かった。



■勉強方法

 一貫して予習→授業→復習がメイン。
参考書も数冊買うのみで、基本的には河合塾のテキストでひたすら勉強していた。
質問があれば授業後すぐ、先生に質問をしに走った。
苦手教科ほど恥じないでどんどん聞くべき。
ものすごい初歩的なことでも、中学生レベルでも分からないことは聞こう!!!
もう1つポイントは、様々な知識を1冊に集約しておくこと。
私はどの教科であれそれぞれ何か発見等があったら書き込む教科書を決めていき、そのスタイルを一年貫いた。直前期何をしていいかわからないときにはそれを見て、効率よく自分の1年間での学びを確認できた。

英語:浪人前半の時期はひたすら文章を品詞分解し、和訳した。
英語のセンスが皆無の私にとってはシステマティックに学べるのは非常に都合が良かった。
後半は問題演習がメイン。
英単語は1年を通してすごく一生懸命やった。
長文で気になる単語が出るたびにMy単語帳で引いて、引いた単語の下に正の字を書いていった。
鉄壁(単語帳)※分厚すぎるので現役には鉄壁はおすすめしない 桐原の英文解釈の技術100 を参考書に両方とも複数回やりこんだ。

国語:ほぼ授業に頼る。
古典単語や古典文法や漢文の句法は時々眺めていた。
早稲田を受けるなら四字熟語と漢字は夏頃に、文学史は秋頃から本気で覚えよう。

世界史:先生のくれるプリントに全部書き込んで、それを眺める。
時々問題集を一気に解いた。
山川の用語集はぜひ頻繁に引くように!!!! 年号も覚えたもん勝ちなのでかなり覚えた。



■最後に


  私の拙い文章を最後まで読んでくれてありがとうございます。
私は現役・浪人と何度もこのサイトで合格体験記を読みました。
今自分がそのサイトを運営しているサークルにたまたま入り、更に合格体験記を書かせて頂いてることに運命を感じずにいられません。
本当に感動しています。
私の文章が一人でも多くの受験生の励みとなれると嬉しいです。

  早稲田は、本当に面白い大学です。
人種のるつぼであり、信じられないほどの数のサークルがあり、生徒は校歌を歌うのが大好きで、自分の大学が大好きな人ばかりです。
少なくとも私はそう思います。
自分が踏み出せば踏み出すほど無限の可能性へと導いてくれる学校です。
そんな学校を目指さない手はないでしょう!

  もしもう一年頑張るか悩んでいる人がいたら、チャレンジしてほしい。
一年前の私みたいに悩んでいる人がいたらそっと背中を押させてほしい。

  浪人ほどまっすぐ、明確に、たった一つの目標にむかって頑張れる一年なんてきっともうないです。
わたしにとって浪人生活は、人生において本当に大切な財産となりました。

  ぜひぜひ、受験生のみなさんは早稲田への愛を強く持って頑張ってみてください。
早稲田で、お待ちしています。






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