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合格体験記

合格体験記Vol.54

【ペンネーム】 ハマジュン


2016年3月 名古屋市立菊里高等学校卒業
2016年4月 早稲田大学文化構想学部入学


大学を志望した理由


  僕の親戚に慶応義塾大学出身者が何人かいたこともあって、高校1年のころから慶応に憧れていました。
それに伴って早稲田にも少し興味を持ったという感じです(笑)
しかしながら、2年の秋に進路をまともに考えるようになった頃には、旧帝大クラスの国立大学の経済学部(もしくは経営学部)と早稲田大学商学部を併願して、どちらか受かったほうに行こうと考えるようになりました。
(どちらとも受かった場合はまたそのとき考える、どちらともダメだった場合は...)


高1、高2(~秋)のころ


  自分で言うのもアレですが、高1のころは結構文武両道ができていたと思います。
自分は陸上部に所属していましたが、秋の新人戦では結果を残すことができたし、同じ頃に行われた高校の実力テストでも学年で上位1割に入っていました。
しかし、高2になると、自分の苦手な理科(化学、物理)を学習するようになり、みるみるうちにテストの成績が悪くなりました。
酷いことに、1年の頃は出来のよかった英語などの成績も振るわなくなり、これはまずいと思って高2の夏休みは初めて塾の夏期講習に参加しました。
そして、部活のシーズンも終わった11月から、本格的に塾に通うようになりました。



■高2の秋~(早稲商から逃げた)高3の夏休み


  自分の通っていた高校が国立志望の風潮があることも影響して、前述のように高2の秋には国立大学を目指すようになりました。
そのため、塾ではまずセンターレベルを見据えた国数英の授業をとっていました。
周りに遅れまいと一生懸命授業を消化してました。
最初のうちはセンターレベル模試の成績が伸び悩んでいましたが、高3の6月のセンター模試で一気に点数が上がり、高3の8月には680/900点くらいまで取れるようになりました。
やがてセンター試験に対する自信がついてきて、以前にもまして国立志向が高まりました。
夏休みの後半から、二次試験対策をするようになり、いくつかの国立大学と早稲田大学商学部の過去問を眺めていました。
実はここで、とあることに気づきました。
今まで国立大学の受験を見据えた勉強を続けていたせいか、早稲田の過去問が異様に難しく見えてしまい、また、塾では国数英の3科目しか勉強していなかったため、元から自信のあった日本史に手も足も出ませんでした(商学部では数学も選べますが、あまり数学は得意ではなかったので、試験では日本史を選ぶつもりでした)。
また、国立大学は私立大学と違って試験問題は記述がほとんどなので、たとえ全部はあってなくても部分点をもらえるだけで少しずつ問題を解く意欲がわきました。
センターレベル模試の成績がうなぎのぼりだったこと、早稲田の過去問に手も足も出なかったことなどから、高3の9月には早稲田大学商学部の受験を諦め、国立大学 に狙いを絞ることにしました。
私立大学も何校か視野に入れていましたが、どの大学もいわゆる滑り止めという感覚で、早慶のようないわゆる挑戦校は受けないことにしました。



■歯車が狂い始めた高3の秋、そしてセンター試験当日


  国立1本に狙いを絞ったこともあったおかげか、二次対策も順調に進みました。
河合塾の神戸大オープン模試ではB判定を取ることができました。
(ちなみに神戸大オープンと同じ日に早慶オープンがありました)
かくして国立の二次対策は順調に進んでいたのですが、今度はセンターレベル模試の出来が悪くなってしまい、センターに対する自信は焦りへと変わっていきました。
冬休みはずっとセンターの過去問を解きまくって、何とか12月には8割程度に点数をのせることができました。
迎えたセンター当日、2日間の日程を終え、友達と自己採点しました。
正直手ごたえがあまりなく、とても不安でした。
その不安は的中しました。
爆死という言葉の意味を、身をもって知ることができました。



■センターが二つの意味で終わり、その後


  センター試験が爆死し、国立大学を受験する意欲は残っていませんでした。
このままでは、滑り止めの私立を惰性のまま受験し、惰性のまま大学生活を迎えることになってしまう。
(自分は浪人する覚悟もしていましたが、家族全員がそれに断固反対でした)。
そんなこんなで途方に暮れていた時、早稲田大学の入試書類が机の上に置いてあるのを見つけました。
これは国立の願書を取り寄せるときに、受けるつもりはないけど早稲田の入試書類もついでに取っておくか、と興味本位で取り寄せたものでした。
心の中ではまだ早稲田大学に対して未練があったのかもしれませんね。
願書を見てみたところ、応募の締め切りまであと数日残っていました。
このまま滑り止めだけ受けて、そこに行くのもアレだし、せっかくだから早稲田受けるか、と。
恐れ多くも僕はこのタイミングで早稲田大学受験を決意しました。
まず、学部を決めないといけませんでした(その当時は早稲田の学部を全て把握してないほど無知でした。政経、法、文、商、スポ科ぐらいしか知らなった記憶がありますw)。
僕は私大の日本史対策をまったくしていなかったため、まずはそれぞれの学部の日本史の問題をざっと見てみました。
すると、文化構想学部ってところの日本史なら、教科書の範囲をしっかり把握しておけば、ある程度勝負できるのではないかと考えました(だからといって簡単だというわけではないですよ!)。
他の科目等もいろいろ吟味して、文化構想学部と社会科学部で迷いましたが、諦め半分で出願した国立大学の試験のことも考えると早めに早稲田の試験を終えたいと思い、試験日がより早い文化構想学部を受けることに決めました(交通費や宿泊費のことも考えて、他学部との併願はしませんでした)。
出願応募締め切り当日に出願し、その後はひたすら文化構想学部の過去問と向き合いました。
過去問はもちろんのこと、出題傾向やわかる範囲で問題の配点なども、ネットで調べたりしました。
過去問も高校の進路室にある赤本を借りていました(笑)
やっぱり「文」化構想学部ということで、国語の問題には最初はかなり苦戦しましたね。
英語に関しては、文章中の空欄に適切な文を入れる問題(1つだけダミーの文があるアレです)の配点が高いというのを知ったため、そこの対策を重点的にやりました。
日本史は他の学部と比べたら教科書範囲外を扱う問題は少ないものの、やはりそれだけでは解けない部分もあるので、日本史の用語集をうまく使いながら対策を進めていきました。
他の私大対策はセンター前に少しやったことも幸いして、あまり時間をかけずに済みました。
早稲田以外の私大の入試を無事終え、迎えた文化構想学部の試験当日。
センター後から試験対策を始めたことなどが、不安材料ではなく反対に「無理を承知で今日は受けに来たんだ、どうせなら自分の実力をすべて発揮して華々しく散ってやろう」という具合にうまく緊張をほぐしてくれました(投げやりというわけではないですw)。
実際、試験では自分の実力を余すことなく発揮できたと思います。



■結果とおわりに (だいぶ長くなったので、まとめます)


  おかげさまで、無事文化構想学部に合格できました。
試験が終わってから結果が出るまではなかなか辛かったですね。
意味がないことだと知りながら何度も試験問題を見直して、間違いに気付くたびに不安が増していきました。
でも、どうしても気になっちゃうんですよね。
国立大学のほうは、やはりセンターの結果が響いて、お察しの結果となりました(もし国立に受かっていても、早稲田を選んでいたかもしれません。決して負け惜しみとか、そういうのではないですからね!←ここ重要)。
以上に述べたように、僕は結構不安定な受験生活を送りました(特に後半)。
僕が文化構想学部に受かったのも、センター後の集中的な過去問周回、過去問の研究に加え、最後まで諦めなかったことが大きかったと自分で勝手に思っています。
日本史の試験の直前に用語集でみた問題がほぼそっくりそのまま試験に出たときは、本当に驚きました。
奇跡を起こせるのではないかと、思いましたね。
また、当初志望していた商学部には入れませんでしたが、僕は文化構想学部で新たなインスピレーションに出会えるのではないか、と期待しています(僕は受ける気はないですが、早稲田大学には転部試験という制度があるそうです。どうしても入りたい学部があるのなら、それも一つの手段では? 詳しくは大学のHPか何かで調べてください^^)。
一人の受験生として決してお手本になるような受験生活ではありませんが、最後まであきらめない姿勢は、皆さんも大切にしてもらいたいと思います。

たまには肩の力を抜いたりして、自分のペースで受験生活を乗り切ってください!応援しています^^

最後に、稚拙な文でしたが読んで頂きありがとうございました。






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