ゲストは、『東のエデン』『攻殻機動隊S.A.C.』などを手がけた神山健治監督。これまでの作品で活躍したキャラクターたちに込めた思いから、最新作『ひるね姫~知らないワタシの物語~』の制作の裏側まで、あなたの知らないキャラクタープロデュースの世界をお届けします。
「キャラプロ」 イベント情報
イベントを記念して本サイトでは、神山監督の最新作「ひるね姫~知らないワタシの物語~」スタッフインタビューを連載します!
――アニメの仕事に就こうと思ったきっかけを教えてください。
10年前、大学生の時にサークル活動を活発にやっていなくて暇だったので、深夜アニメをたくさん見ていたのですが、それがきっかけですね。ちょうどアニメがすごく多い時期で、その時に神山監督の『攻殻機動隊S.A.C.』に出会って、こんなかっこいい映像があるんだって惚れちゃったんですよ。『攻殻機動隊S.A.C.』ではまって、『AKIRA』とか『パトレイバー』を見ていましたね。その影響で大学卒業後は制作会社に入って、制作進行を7年間やりました。
――アニメーターになろうとは思わなかったんですね。
大学では文学部の日本文学専攻だし、絵も描いたことがない人間だったんで、今更アニメーターは無理だろうなと思いました。大学生のころはアニメ業界のことを何も知らなかったので、よくわからないけどプロデューサーならなれるんじゃないかって考えたんです。アニメーターさんがやっている仕事をいかにうまくお手伝いするのかというお仕事ならできるんじゃないかと思って。
――実際にアニメの現場に入ってから、自分の想像と違ったことはありましたか?
平成もだいぶ経ったこのご時世にまさか5~6000枚の絵を1枚1枚描いて、パラパラ漫画で作品を作っているとは思っていなかったです。もっとデジタルでやるのかなって想像していました。昔みたいにセルではなくなったけど、鉛筆で線を描いてそれをトレースして色を塗るっていう形なんで、まずそこに驚きました。
―どうやって作っているかわからないけど入っちゃえ!!って入ったんですね。最初の仕事はどういったものでしたか?
そうですね。まずやることは雑用です。スキャン、コピー、運転、あとはひたすら電話。入社当時は「これやって」って言われたことをよくわからないままやっていました。自分が入社したのは2007年なんですが、当時は本当にTVアニメの本数が多くて、新人の面倒なんか見てられなかったんですよね。でも、入って2ヶ月くらいでとりあえずTVアニメを1話回すんです。そうするとなんとなくわかるんですよ。あぁアニメってこうやってできてるんだって。
――何も知らずに、現場に入って2ヶ月でアニメを1話回すことって難しそうですが、2ヶ月でその能力が身につくのでしょうか。
TVアニメだとその話数の演出さんがその話の監督なんですけど、初めて1本回したときはその演出の人からやれと言われたことをわけもわからずこなしました。 最初に演出さんと監督の打ち合わせに出たときのことをよく覚えています。演出さんから「V編いつ?」って聞かれたんですよ。V編っていうのはビデオ編集で、テレビに流す絵を編集する作業のことです。でも当時は何もわからなかったので「V編って何ですか?」って聞いたら、「お前はV編も知らないでここにいるのか!」って言われました(笑) そこからその演出さんに手取り足取り教えてもらいました。シナリオがあって絵コンテがあって、演出打ち合わせから動き出して、最後はV編という流れがあることを知りました。 その1本が終わった時の達成感は半端なかったですね。アドレナリンが“バッ”って出て、もう最高でした。
――そうやって作り終わった時の感情が次もやろうって気持ちに繋がっているんですね。
そうですね。制作をやっているとV編の間際に泊まり込むのが普通になって、「これが終わったら辞めてやろう!」って思ったりしたこともあります。でも終わるとまたやりたくなるっていう繰り返しです。実は今作に関わるまでしばらくアニメ制作の仕事からは離れていたんですけど、声をかけていただいて、また始めることになりました。やっぱり楽しさが忘れられなかったんでしょうね。あと、自分がアニメ業界を目指したきっかけの神山監督が作る作品をお手伝いできるという幸運に恵まれて、もう一度やりたいと思ったのもあります。
――今回は具体的にはどういうお仕事をなさっているんですか?
肩書きとしてはラインプロデューサーですが、今回はラインプロデューサーが2人いることもあり、自分は制作デスクに近いことをしています。ラインプロデューサーの仕事といえばスタッフ集めや予算の管理とかなんですけど、自分は現場に近い立場で、進行状況を見て遅れているところをどうにかしたり、各部署のスタッフさんをつないだりしているんです。例えば、絵を描く人に絵を渡しつつ、3Dさんに別ルートで絵を渡さなきゃいけない。さらに背景さんもいるんでその人にも回します。最終的には色を塗る人や撮影をする人がいて、とにかくいろいろな人にものを運んでいます。
あとは、監督の考えている世界観や監督の言葉を各部署に伝えています。アニメの制作現場で監督が脳だとしたら、制作は血のようなものかも知れません。脳の指令を制作がいろいろな部署に走り回って全部伝えるんです。脳がいくら優秀でも指令がアニメーターさんに届かなかったらだめですから。
――仕事において気を付けていることはありますか?
監督の要求にいかに答えるかです。でも監督の要求を全部叶えようとすると完成しないんです。理想が実現できないのはスタッフが用意できなかったり、段取りが悪かったりする制作側の責任なんですけど、どうしてもスケジュール的に全てを叶えることは不可能なんです。だから、監督の理想にどこまで近づけるかということを考えてやっています。作品は監督のものなので。
――実際のお仕事とはかかわりがあまりないかもしれないのですが、今回のトークイベントのテーマである「キャラ」に対する思い入れはありますか?
キャラですか…。今まであんまり考えたことなかったですね。カットを見てこのキャラはこんな芝居しないだろうってあまりにも思ったら演出さんに伝えたりすることはあります。でも基本的にキャラは作画監督(以下作監)さんの担当なのでお任せしています。
TVアニメではその話数の作監さんがその話のキャラデザインなので、その作監さんの考えるようにキャラが動きます。話数によって作監さんの個性が出て、すごい作監さんがいるとガラッと印象が変わって面白いんです。
エヴァンゲリオンの旧劇場版『まごころを君に/Air』なんかは、黄瀬和哉さんという方が作監を担当されたんですが、その際にかなり自分の絵柄に寄せたんです。シンプルで影がシュッと入っていてすごくスタイリッシュで。そういう風に作監さんの個性がいい形で出ることもあります。その憧れの黄瀬さんも本作で作監として作業していただいています。神山さんといい黄瀬さんといい、自分がこの業界に入るきっかけを作った方たちと仕事ができて非常に嬉しいです。
――最後にずばり好きな女性キャラを教えてください!
やっぱり草薙素子ですね。神山監督の作った『攻殻機動隊S.A.C.』の素子です。黄瀬さんが監督した『攻殻機動隊ARISE』の素子は少し人間味があるんですけど、S.A.C.の素子は強くて完成されている。プライベートの全く見えない、正義の権化みたいになっているじゃないですか。自分の中で草薙素子はそのイメージが強くて、声も田中敦子さんとピッタリだし、キャラクター的魅力に溢れていると思います。
――アニメの仕事に就こうと思ったきっかけを教えてください。
友達がアニメーターになりたいって言うので自分も一緒に絵を描き始めたのがきっかけです。それでアニメーターになるための専門学校に行ったんですけど、自分が描きたい絵だけを描くわけじゃないってことが苦痛になってしまって。こんな線が多い絵をずっと描くんだ、みたいな(笑) その時に仕事として絵を描いていくのは無理だなと判断して、制作進行として制作会社に入ることにしました。
――アニメ業界に進むこと自体をやめようとは思わなかったんですね。
そうです。アニメーターとして絵を描くのではなく、プロデューサーという立場で作品に関わろうと思いました。監督と同じように作品の全てにこだわることは難しくても、プロデューサーだったら監督に意見することはできます。そうやって絵は描けなくてもアニメ制作に携われるところがプロデューサーという仕事のいいところだと思ったんです。
――この仕事をしてきて特に辛かったことはありますか?
発注先へ必要なものを届けたり完成品の回収をしたりする作業が大変でした。昔はセル画に色を塗る作業だって絵の具でやっていましたし、絵の具の種類も制作会社によって違うので、仕事を発注したら絵の具も届けなきゃいけなかったんです。だから持っていく荷物の量が今の比じゃない。設定の描いてある紙やセルを運ぶのも大変でした。セルに少しでも傷がついたら描き直しになってしまうので、慎重に運ばなくちゃいけないんです。一日に車で300キロ走ったこともありますし、アニメ制作というより宅急便の人みたいでした(笑)
『ひるね姫』の制作をしているシグナル・エムディはデジタル作画という制作方法をとっているのでデータは全てサーバーで送信できますし、膨大な紙資料を運ぶ必要もなくなりました。その点ではとても楽になりましたね。ここまでいろいろな作業をデジタルでやっているのは業界でもシグナル・エムディくらいだと思います。
――デジタル化によってそれ以前とは仕事の内容が急激に変わったんですね。
そうですね。デジタルになることで物を運ぶ必要がなくなった反面、1カットごとの情報量はかなり増えました。昔はキャラクターと背景くらいだったけれど、今はそこに3Dとか2Dワークスといった別の工程が入ってきます。それによって一人で作品の制作を管理することが難しくなってしまいました。昔はある程度経験を積んだ制作だったら一人でTVシリーズの一話くらい回していましたが、現在の作品の情報量と求められる作画のレベルを考えると、とてもじゃないけど一人では回せない。だから分業化が進んでいます。今では設定制作がやっているような仕事も、以前は制作デスクがこなしていたんですよ。
――アニメ制作の環境が変わり、新しく仕事の形式を作り上げていくなかで苦労していることはありますか?
今もまだ苦労しているのは、作画に使用されるソフトが工程ごとにバラバラで統一されていないので、一つのソフトで最後まで作業を完了することができないことですね。他のソフトに変換する作業がなくなればかなり楽になると思います。これは紙の作画からデジタルに変わってきたことと同じように、今がちょうど変わり目なんでしょうね。
シグナル・エムディは設立当初からデジタル作画を取り入れているので設備にも恵まれているし、監督はじめ演出や作画スタッフも新しい環境での作業に協力してくれています。ここまでデジタル化が進んでいる会社はないですから、大変ですけど自分たちが引っ張っていきたいと考えています。
――『ひるね姫』にはラインプロデューサーとして参加されていますが、作品にはどのように携わってきたのでしょうか?
主に予算管理などがラインプロデューサーの仕事なんですが、自分は初期の段階から全体を通して『ひるね姫』の制作を見てきたので、絵コンテを作る段階でみんなで話し合うような場にも参加していました。その都度自分なりに意見も出してきました。このキャラクターだったらこういう行動をさせたほうがいいんじゃないか、みたいな。神山監督は非常に柔軟な方で、自分のような制作の人間が出したアイディアでもきちんと検討して下さるんです。そうやって実際に自分の意見が取り入れられると、自分も作品を作っていることを実感できてとてもやりがいを感じます。
――制作進行を務めてから、制作デスクや設定制作というように段々と役職が上がっていくんですね。
基本的にはそうですね。実際に設定制作やデスクっていう仕事は、制作進行を何年か経験してからのほうがやりやすいんです。デスクは制作に必要な人員をいろんなところから集めてこなくちゃいけない仕事なので、人脈が必要になってきます。制作進行をやっているときに築いた人脈がデスクになったときに生きてくるんですね。
設定制作についても、制作進行としてスケジュール管理をある程度学んで、さらにデスクも経験したある程度ベテランの人がやることが望ましいですね。そもそも設定制作が作る設定が完成しなければその先の行程に進めないので、設定制作のスケジュール管理がきちんとしていないと全体のスケジュールにも影響が出てしまうんです。
――絵の勉強をしたことがあるかどうかは関係ないんですか?
それはあまり関係ないと思います。もちろん、絵が上手なことに越したことは無いのでしょうが。
――アニメ制作に興味はあるけれど絵が描けないから諦めてしまう人がなかにはいるかと思いますが、絵が下手でもアニメを作ることはできるんですね。
もちろんできます。制作以外にも、編集やシナリオといった仕事もあります。撮影の仕事だって今は基本的にアフターエフェクトを使っているので、ソフトさえ使えれば絵が下手でも問題ないです。制作現場のスタッフだけで考えても、絵を描くアニメーターは全体のスタッフの数の半分以下だと思います。
絵を描く人だってアニメーターだけではなくて、美術といった仕事もありますし、必ずしもキャラクターが上手に描ける必要はないんです。例えばこの『ひるね姫』のポスターのようなシーンがあったとして、アニメーターが描くのはココネとジョイだけ。うしろの草原を描くのは美術さんだし、ロボットは3Dで作ってから配置します。
自分も一度は専門学校で絵を勉強したけれど、結局はアニメーションそのものを描いたり動かしたりしているわけではありません。それでもより良い作品を作りたいっていうモチベーションはもちろんあるし、そのために貢献できていると実感できると嬉しいですね。
『ひるね姫』のスタッフさんインタビューもこれで3回目です! 今回は演出の河野利幸さんにお話を伺いました。たっぷり前編・後編とお話伺っておりますので、楽しみにしていてくださいね! 今回は演出というお仕事について伺いました。
――河野さんは普段どのようなお仕事をされているんですか?
各種打ち合わせに監督と一緒に立ち会い、作品の方向性を決めて、そのために具体的に何をしていくのかを決めています。その方針をもとにレイアウトチェック、原画チェック、動画チェック、色チェックという流れで様々なことを確認していきます。
――レイアウトチェックとは何ですか?
レイアウトというのは絵コンテを元に、画面の構図を決めるために描かれる絵のことです。アニメーターさんに描いてもらったレイアウトを演出がまずチェックします。ひとつの画面を構成しているキャラクターと背景のバランスを見て、それがそのシーンにおいて適切かどうかを判断します。キャラクターが画面に対して大きすぎるからもうすこし引きの画面にしようとか、ここはあえてキャラクターを画面の中央ではなく少しズラして配置しようとか。あるいは根本的にカメラ位置を変えようとか、レンズを換えようとか。 細かいところまで言えば、光線のあたり具合によって色味や影も変化していきますから、そういう点にも気を配る必要があります。あとは合わせのチェックなんかも行っています。
――“合わせのチェック”というのは具体的に何をするんですか?
アニメーション制作は集団作業なので大勢のスタッフが携わっています。それぞれのシーンを描く人が違うために、どうしてもズレが起きてしまうんです。そのため演出がそのズレの修正を行っていきます。例えばですが、主人公が前のシーンで絆創膏を貼っていたら、次のシーンでも絆創膏がきちんと作画されているか見落とさないとか、鉛筆を普通に握っているシーンと逆手に握っているシーンが連続していたらどちらかを修整して統一するとか。そういうことをするのが、前のシーンと後ろのシーンの“合わせのチェック”です。
――見た目の矛盾を無くすということですね?
物理的な矛盾だけでなく、性格や感情の起伏を合わせる作業もあります。前のシーンですごく悲しいことがあったのに次のシーンで急にはしゃいでいたらおかしいですよね。そういう場合は、表情を修正して、物語が矛盾無く進行するように配慮します。 物語を頭から順番に製作していくわけではないので、冒頭の部分をチェックした直後に、そことは全然関係の無い後半のカットを見ることもあります。そういう時に、ここではどういうことだったっけ?とひとつひとつ物語の流れに立ち返りながら、全体の流れをコントロールしていきます。
――チェックはどのように行うんですか?
『ひるね姫』はデジタルでチェックしているので、まずはチェックするカットを画面上で再生します。 全体の流れがどうなっているかを見つつ、違和感を感じたら具体的に何がおかしいのか突き止めていきます。どうも後ろの建物の構造がおかしいのではないかとか、目線の高さが狂っているとか、キャラの芝居が不自然になってしまっているとか、ここに微妙な間があるとか、そういうところを見つけて修正していきます。 デジタル化によってカットを動画として再生して見ながらチェックできるので、演出チェックはそういう面では今回やりやすいと思います。
――原画チェックの時はどういうことに気をつけていますか?
意外にものすごく大きなこと見落としてることがあります。服は丁寧に描いてあるのに、胸元のポケットを描き忘れていた、とか。そのようにレイアウトチェックの時に見落としたことを原画チェックで確認しています。原画チェックはいうなれば、間違え探しみたいなところがありますね。
――だいぶ実写の演出とは違うんですね。実写の演出は同じ作品でも人によって完成品に大きな差が出るイメージがありますが、アニメではどうですか?
根本的な部分では、実写の演出もアニメの演出も似ていると思います。例えば実写映像の演出さんは演じている役者さんに向かって、もっと早く走って!とか口頭で指示を出すわけですよね。でも、アニメの場合、キャラクターであるココネちゃんにもっと速く走って!と言っても別に速く走ってくれるわけではないので、“速く走っているように見えるように”絵の方を直してあげなきゃいけないわけです。腕の振り方を大きくなるように作画修正をするとか、後ろの背景をもっと速く引いて、移動速度が速いように見せるとか。そういう風に、演出が担っている根本は一緒なんですけど、アプローチが違うのだと思いますね。
演出さんによって各セクションから上がってきた3Dとか背景とか原画を最終的にどう扱うかには違いが出るので、担当する演出が変われば作品にも違いが出ると思います。そこには、その演出さんがどういうことを普段考えているかとか、人生観とかそういうものが影響してくると思います。
――ではキャラクターにも、監督だけではなくて関わる演出家の方の色がどうしても出てしまうんですね。
そうですね。でも『ひるね姫』はテレビみたいに複数話あるわけではないので、基本的には神山監督の演出を主軸に進んでいて、ブレはないと思います。 テレビシリーズの方が演出さんのカラーが出ることもあると思いますね。あとは演出という仕事をどう考えているかにもよると思います。自分の場合は監督がどういう風に作ろうとしているかに極力沿うようにしていますけど、人によっては、ここはちょっと暴れてやれっ!ということをされる方もいらっしゃるかもしれないですね。
後編は河野さんのアニメのお仕事をされたきっかけや、神山監督の作品に出てくるキャラクターについてお話伺っています! 『ひるね姫』主人公のココネちゃんの内面が明かされるかも?!
前編は読んでいただけましたでしょうか? 前編を読まなくても楽しめますが、読むとさらに楽しめますので未読の方は是非読んでみてくださいね! 前編では現在演出としてどのようなことをされているのか、演出の仕事とはどのようなものなのかをお伺いしましたが、今回は……?! ぜひ、最後までお読みください。
――アニメの仕事をしようと思ったきっかけをお聞きしてもよろしいでしょうか?
小さいころからアニメはすごく好きでした。テレビで放映されている作品を見ていましたが、作り方とかは知らなかったので、将来の夢は普通に周りの子と同じように野球選手とかでした。仕事として実際に自分が絵を描くことになるだろうとは当時はまったく想像できてなくて。 実際に職業にしようと意識したのは大学の途中くらいからでしょうか。大学に入って受験勉強から解放されたら暇があったので、久しぶりにアニメーションを見直し始めたんです。そしたら、今アニメってこんなに面白いことやっているんだって思って。アニメ作りってどうやっているんだろうって興味を持ち始めました。あと、映画研究サークルに入って映像作品を一本作る面白さを知って、なにか作品を作るような仕事ができたらいいな、とも思っていたんです。
――ちょうどその頃見られていたアニメというのは何ですか?
自分がまずアニメを意識したのは、『蒼き流星SPTレイズナー』というリアルロボットアニメですね。それと、『赤い光弾ジリオン』という作品です。その2本にかなり影響を受けたと思います。その両方の作品のクレジットで度々目にしていたのが大阪にある某アニメ制作会社でした。その後、いろいろときっかけもあって、運よくその会社で働けることになりました。
――その時は具体的にどういうお仕事をされていたんですか?
まずは動画からです。『機甲猟兵メロウリンク』という作品の動画をやったのが最初の仕事になります。そこから1年くらい動画をやりました。その後、原画に昇格して、少しずつ腕を磨いて、最終的には作画監督になりました。 作画監督は画面に映る絵のすべてを担う役職なので、今自分がやっている演出という仕事と地続きと言えます。作画監督をしていた時は、よく一緒に仕事をしていた演出さん2~3人に、自分は演出にも興味があるんですって話をして、演出論とかを伺っていたんです。で、ある時、自分が担当していた話数の演出さんが他の仕事で現場に来られなくなってしまった時に、河野さんこの辺ちょっとチェックしてもらえませんかって頼まれて、初めて演出チェックをしました。それをきっかけにして、次のシリーズからは演出として作品に参加し始めた、という感じです。
――演出に興味をもつきっかけになった作品はありますか?
作品を挙げるとすれば押井守監督の『起動警察パトレイバー』、『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』ですかね。アニメーションに興味を持つきっかけになった『ジリオン』や『レイズナー』の直後くらいに『パトレイバー』が封切られて、そのあとは押井守監督の作品とかを意識しましたね。押井さんが出版されている演習ノートをぼろぼろになるまで読みました。世界を作ってその世界の中でドラマが動いていくときに、押井監督自身はドラマというより世界の方に興味があると思うんです。でもそこで、物語や映像を構築するキャラクターが薄っぺらかったら世界の中で成立しないと思うんです。そういうキャラクター作りにはとても興味を引かれました。
――『ジリオン』もプロダクションIGでしたし、『パトレイバー』も『攻殻機動隊』もIG作品ですよね。IGに行こうとは思わなかったんですか?
IGに行って仕事ができたらいいなとは当然思っていましたけど、正直自分がIGに行けるとはぜんぜん思っていなかったです。アニメーターとして作画監督をやっているときは、自分の目標はアニメーターとして押井監督の劇場作品に参加することでした。なかなか高いハードルだなぁって思っていました。 でも、あるとき知り合いから「IGがTVアニメで攻殻機動隊をやるらしい。監督は神山健治監督。河野さんやりたくないですか?」って言われたんです。それで「是非やりたい!」って(笑) 当時は神山さんとの接点が全くなかったんですが、その知り合いのツテをたどり、自分から声をかけて参加させていただきました。
――河野さんは神山監督の作品に多くかかわられていますが、神山監督が描くキャラクターの魅力とは何でしょうか?
私自身は神山監督の『攻殻機動隊SAC』以降の作品はほぼ全作品に参加させていただいています。神山監督の作品にスタッフとして、演出として携わってきて感じるのは、主人公たちに共通した部分があることです。草薙素子、バルサ、滝沢朗、島村ジョー、そして『ひるね姫』の森川ココネちゃんも、自分が行動したり考えたりする中で、決断がとても早いですよね。そして一度決断したらそれを実行に移すだけの行動力があります。こうすると決めたら躊躇せずにそれをやるっていう。決断と実行っていうのが共通した部分だと思います。素子とココネちゃんって全然違いますよね。かたや特A級のサイボーグで、かたやただの田舎の女子高生ですから。でも、その決断と実行という点では共通してるんだと思います。是非映画を観てその点を確認して下さい。
――ココネちゃんは今までの強い主人公とは全然違うように見えたのでキャラクターの内面自体も違うのかと思っていたのですが、いつもの強い主人公を期待していいということですね。
神山監督作品の主人公として今までと180度違うってことはないと思います。むしろ似ている部分が多いと感じます。素子は抜群の身体能力とか電脳戦とかにも優れています。それに対してココネちゃんはスマホをさわる程度ですけど、神山作品の主人公像という意味では共通した、芯の強いしなやかな魅力があると思ってます。
『ひるね姫』スタッフさんインタビューもついに最終回! 今回は演出の堀元宣さんにお話を伺いました。前編では、堀さんが演出になるまでの経緯や、演出とはどのようなお仕事なのかお聞きしました!
【前編】
――アニメのお仕事に就いたきっかけを教えてください。
僕は元々は漫画家になりたいと思っていたんですけど、20代の頃に、アニメーターになれば絵の練習をしながらお金も稼げるじゃないかと思って、アニメーターになりました。
――元々は漫画家志望だったんですね。漫画やアニメといった業界を目指そうと思ったきっかけの作品はありますか?
ジブリ作品全般でしょうか。特に『風の谷のナウシカ』が好きです。テレビで録画したものを何度も何度も見ていました。でもそのときは別にアニメを作りたいとは思いませんでした。そもそもそれを人が作っているもの、という実感があまり湧いていなかったんでしょうね。でも中学生くらいの時に、宮崎駿監督が描いたナウシカの原作の漫画を読んで、そのときに初めて「あ、これって人が描いてるんだな」って思いました。ただあまりにもその漫画の絵が独特で、今まで自分が読んできた漫画の絵とはまるっきり違かったので、宮崎駿ってロシア人なんじゃないかと思っていました。中学生なんてバカなもんですよね(笑)
――本気でロシア人だと思っていたんですね(笑)作画のスタッフとしてアニメーターになったということですが、どうして演出をやることになったんですか?
漫画家は絵を描くだけじゃなくてストーリーも全部考えるじゃないですか。元々は漫画家志望だったということもあり、どちらかというと絵を描くだけではなくて他の部分にも興味があったんです。それでなんとなく演出もやってみたいなと思うようになって、だんだんと演出もやらせてもらえるようになってきました。
――なるほど。では、具体的にアニメ制作において演出とはどのようなお仕事なのか教えてください。
作品とか監督によって演出がどこまで手を出すか違うので、あまりはっきりした線引きはないんです。例えば絵まで全部自分で描く監督だったら、それぞれのカットの感情表現みたいなアーティスティックな部分は監督にお任せして、演出はできるだけ監督の意図がそのまま他の部署に伝わるようにするのが仕事になります。 でも、割と演出に任せてくれて、脚本とキャラクターデザインの人選を決めたら後はあんまり何もしないっていう監督さんもいるんですよね。そういう場合だと、演出がここはこういう演技にしようみたいなところまでカバーしたりもします。どちらにせよ、監督の中のビジョンとか演技の理想像みたいなものと原画さんが描いたものがズレていたら、監督の意図を汲んで直していく、というのが演出の主な仕事です。
――絵以外について、例えば音などについても演出がチェックするのでしょうか。
アニメはあんまりそういうのはないですね。アニメでいう演出というのは絵の部分が主で、音楽など絵以外の部分は監督が直接その担当セクションに伝えることが多いです。ただセリフのタイミングとかは、タイムシートというものに書いて伝えるんですけど、そういうのを直したりすることはありますね。
――タイムシートというのはどういったものなんですか?
タイムシートっていうのは、簡単に言うと絵を動かすタイミングを時系列に沿って点で示したものです。僕もアニメーターになって初めて見て、数字が羅列してあるだけで最初は全然意味が分からなかったです。でも、読み方が分かってしまえば全然難しいものじゃないんですよ。
――そのタイムシートというのは、具体的にはどのように書くんですか?
まず一つのシーンの中でキャラクターを何秒で動かすのか決めます。そして、そのときに必要な「原画」の枚数と、「原画」と「原画」の間をつなぐ「動画」の枚数を指示していくんです。僕は実際にキャラクターの動きを再現してみて、それをストップウォッチで時間を計りながら書いていきます。タイムシートの指示に沿って原画と動画のセクションの人が描いた絵を連続で撮影すると、キャラクターが滑らかに動くようになるわけです。 ただ、実際に動かしてみると想像していたものとは違うものができてしまい、失敗したなって思うことももちろんあります。でも、時には想像していたよりも面白いものができるときもあるんですよね。
――タイムシートを見ただけでキャラクターの動き方が正しいかどうかわかるんですか?
そうですね。慣れてくれば、だんだんと分かってくるようになります。これはうまいタイミングだぞ、とか、これは違うな、とか。カットにあわせて必要な原画や動画の枚数は異なってくるので、その場面に合わせて演出がタイムシートを直していきます。 でも、なかには理解できないこともあるんですよ。すごく上手なアニメーターさんのタイムシートを見ると、なんでこんな風に書かれているんだろうって不思議に思ったりすることもあるんです。でもそのシートを直さないでその通りに動かしてみて、実際に出来上がったものを見て「なるほど!」って驚かされることもよくあるんです。そういう体験をするとアニメーションって本当に奥が深いなと思って、すごく面白いですね。
後編では神山監督の様々な作品に携わってこられた堀さんの演出におけるこだわりや、『ひるね姫』の制作秘話を伺っていきます! 『ひるね姫』のヒロイン・ココネちゃんと『東のエデン』の主人公・滝沢くんの共通点とは!?
前編ではこのお仕事に就かれたきっかけから演出というお仕事について伺ってきました。後編ではさらに神山監督の最新作『ひるね姫』の制作秘話にも迫ります!
――演出というお仕事の具体的な内容をいろいろと伺ってきましたが、その中で特に苦労する部分はどこですか?
今回の作品は素晴らしい原画マンさんとかもたくさん関わっていて、演出としてすごく幸せな状況で働かせてもらっているんですけど、若い頃にはつらい現場も何度か経験してきました。 ただの一アニメーターだった頃は、とりあえず絵が描けたらあとは演出さんと作画監督さんによろしくって言って渡せば終わりだったんです。でもだんだんテレビアニメとかで演出をやらせてもらうようになると、自分の前にあがってきたものに対して「OKです」って言ったら、それがそのままテレビの画面に出ちゃうので、急にすごいプレッシャーを感じるようになったんですよ。 まあテレビアニメの制作現場っていうのはひどいもんで(笑) 「このまま出せないよ!」みたいなものが山のようにあがってきたりすることがあって、それをなんとか放送できる形にして自分の前を通過させるので精一杯なんですね。しかも、今日直さないと明日放送されちゃうみたいな状況でずっとアニメを作っていたので、やっと今こんな幸せな環境で働けるところまで来られたんだなという幸せを感じています。
――今回は劇場作品である『ひるね姫』で演出を担当されていますが、どのようなモチベーションで作品に携わっていらっしゃるんでしょうか。
『ひるね姫』は準備段階が長くて、ここまでくるのに3、4年やってきているので、その間に神山さんとコミュニケーションを取る時間が結構ありました。だから絵コンテも一部やらせてもらっていますし、音楽についても「こんな曲はどうですか」みたいな感じで神山監督に紹介させてもらったりもしました。ただ、それも別に自分の好みのものを紹介しているわけではなくて、神山監督がやりたいこととかこの作品が表現したいことはこういうことなんじゃないかって自分なりに理解したうえでの提案だと思っています。
――監督がやりたいと思っていることを、演出が具体的な形にされているんですね。
そうです。やっぱり監督も一人の人間なので、入ってくる情報量は限られていますし、監督自身がまだ見ぬ正解っていうものがあるかもしれないじゃないですか。それを誰かが持ってきてくれたらきっと助かると思うんですよね。
――『ひるね姫』で堀さんが演出チェックされている中で、特に気をつけてチェックしたところはありますか?
『ひるね姫』のキャラクターたち、特に主人公であるココネのちょっとした表情や演技に社会や周囲の状況に対するアンチな感情が出ないように気をつけました。笑い方ひとつにしても見ている人にはすぐ伝わってしまうので、そういうのが出ないように気をつけています。決して世の中に対して敵意を持っているような子じゃないんだよということを表現しようと思っています。 敵意ではない強い意志によって周りを惹きつけてるっていうのは、神山作品に共通するキャラクター性だと思っていて、そういうところが好きなんです。そんな神山さんの作品の中でも僕は特に『東のエデン』が好きです。『東のエデン』は主人公の滝沢くんのキャラクターがかなり独特でして。それまで僕が見てきたアニメのキャラクターは、自分の周りが思うような状態になっていないと、それに対してアンチな態度を取るってことが基本になっていたと思うんです。でも、滝沢くんはあまり周りの状況に対する攻撃性がないキャラクターなんですね。強い意志は持っていてどんどん周囲を変えて状況を良い方向に変えていくんだけど、本人には特にアグレッシブさとかはないんです。それがすごく新鮮に感じて、そういう人が本当にいたとしたら絶対に好きになるなと思ったんです。 もちろん、強烈にアンチを持っていることですごいカリスマ性があるキャラクターもいると思います。でも、今回の作品ではこれまでの神山作品の流れも汲んで、特にそういう攻撃性の無い、人を惹きつけるような人物というのを描きたいと思っています。
――アンチがないという二人の共通点とは逆に、滝沢くんとココネちゃんで違う部分はあるのでしょうか。
そうですね。滝沢くんはちょっと悪魔っぽいところがあると思っているんですが、ココネは高校生の女の子なので、そういう部分は少ないキャラクターになっているといいなと思っています。
――先ほどココネちゃんの性格の表現に特に気をつけているとおっしゃっていましたが、絵の技術的な部分などで他に気にされていることがあったら教えてください。
普通にキャラクターを描くだけだったら、1年くらい練習すれば誰でもできるようになるものなんですよ。例えば自分が好きな漫画のキャラクターをずっと模写していれば描けるようにはなるので、あとは話を考えられれば漫画家にはなれると思います。その話がすごく面白ければヒットする。 でもアニメーションとなると、ちゃんと地面の上にキャラクターが立っている感じとか、ものをつかんでいるときに腕にかかる重さとかを、絵の動きだけできちんと伝えなければいけない。そうなるとすごい難しいんですよね。キャラクターがちゃんと地面の上に立っていて、体重がこれくらいありそうとかっていうことを伝えるのはやっぱり難しくて。チェックに回ってきたカットがそうなっていない場合は、僕の力の及ぶ限りは直しているつもりです。なかなか自分の思うようにいかないことも多いですが。
――それでは最後にずばり『ひるね姫』の見どころを教えてください!
『ひるね姫』の大きなテーマとしては“家族の絆”というのがあるので、ご家族で見ていただいてももちろん楽しんでいただけます。でも個人的には、10代後半から20代くらいの人が見ると一番面白いんじゃないかなと思っています。 神山監督の作品は、作られた世界観の中に、現実にも本当にありそうな問題が急にポンと入ってくることがよくあると思うんです。そういうところが面白いと思うんですよね。本当の写真を組み合わせて作られたコラージュの作品みたいに、嘘のなかに急に現実的なものが組み合わさっていると面白く見えるんだと思うんです。今回の作品にもそういう組み合わせの妙みたいな面白さがあって、そこを敏感に感じ取れるのが10代後半から20代の人たちなんじゃないかなと思います。大学生の皆さんにはぜひそういう部分も見てほしいです。
スタッフインタビュー、お楽しみいただけましたでしょうか? アニメを作るそれぞれのお仕事や神山監督が描くキャラクターの共通点など、様々な角度でキャラクタープロデュースに迫ってきたこのインタビュー連載。まだ読んでいない記事もぜひチェックしてみてくださいね! 「ひるね姫」制作中でお忙しいところ取材に協力していただいた皆様、本当にありがとうございました。
そして11月5日はついに、神山監督のトークイベント「キャラプロ!」が開催されます! 神山監督はどのような思いでキャラクター達を制作してきたのか、ここだけでしか聞けないトークにぜひご注目ください。