マツリバナシ。

早稲田祭をもっと楽しくするウェブコラム

literature01
マツリ×文学

〜もしも僕らの言葉が早稲田祭だったなら〜

「ねえあなた、”祭は好き?そう、”まつり”よ”マツリ”」

刺繍の入ったえんじのはっぴを着た彼女は、それが何かの”しるし”であるかのように繰り返してつぶやいた。今思えば彼女なりの”マツリ”の示し方だったのかもしれない。
「でも、あなたはまだ”マツリ”について具体的な何かを持ち合わせているわけではないのね?」
「あるいは、」
僕はデマゴーグの演説に水を差すギリシア人のように間髪を入れた。
「早稲田の”マツリ”は二日間で18万人訪れる、と聞いた。息苦しい地下鉄で押し殺されるのも、大衆としてそこに存在しているのも僕は好きじゃない。僕個人としての問題だ。好むと好まざるとに関わらず」
「哲学の義務は、誤解によって生じた幻想を除去することにあるの」
彼女はカントを引用した。
「マツリはね、坩堝なのよ。そう、るつぼ。ダンスも、カフカも、クリケットも、あなたの好きなバーキン・ドーナツの類も。全てが『早稲田』というサラダ ボウルの中でメドレーになるのよ。普通なら交わることのない客体同士が、ある種の空間性を帯びて”マツリ”を生み出すの。フォード・モーター社がベルトコンベアと製造施術を繋ぎ合わせたように。」
彼女は赤い華のイヤリングを爪弾きながら言った。
「ねえ、一度”ワセダ”の”マツリ“に足を運んでみたらどう? きっと素敵な時間を過ごせると思うの。私は”マツリ”でこのハッピを着ているわ。いつでも話しかけてくれていいのよ。どこにビートルズのコピー・バンドがあるのか、とか、パウダー・ルームはどこか、明日の天気の話でもいいの。力になれると思う。」
彼女はおもむろに立ち上がり、Chat Noirのレシートを器用につまんで、早稲田通りへと消えていった。

彼女の残したウインナー・コーヒーのカップの口紅にそっと手を触れると、僕はまたも羊の幻影に襲われた。
「早稲田は好きかい?」
羊はベッド・タイムに聖書を読み聞かせる修道士のように僕に囁いた。
「”早稲田”は僕にとっては構造なんだ。美しい階段のある棟も、すぐに食事ができるカフェ・テリアも、それは僕にとっては思考の体系の一部になってる。脱化することはできないし、そこに新たな価値を見出すことはできそうもない。そもそも価値は実態を持たないんだ」
「君は思い違えているよ」
羊はゆっくりと、しかし芯のある声で僕に投げかけた。声は抑え損ねたBmのようだった。
「君は水のように女と寝るけれど、大概人の話を聞いていないね。ところで君はスパゲティは好き?」
「人並みには」
「ピッツァは?」
「ナポリのものか、高田牧舎のものなら」
「タバスコは?」
「かけるさ。」
「なおさら」
羊は会話に四分休符を置いた。
「君は早稲田の”マツリ“に来るべきだよ。弁証法なんだよこれは」
「ヘーゲル」
「そう。弁証法。”早稲田”と”マツリ“を止揚する。テーゼも、ジンテーゼも良質 だ。『大森』と『蒲田』で『大田区』とか、そんなものじゃない。美と美が組み合わさる、天才と天才が共演する。早稲田で”マツリ”をやる。君はおそらくこの融合の見物者にも、当事者にもなれる」
羊はいつのまにかえんじのはっぴを手に持っていた。
「これを君に」羊は爪にはっぴを引っ掛けた。
「君が”マツリ”を楽しめたら、やってくれたらえんじのはっぴを着てくれればいい。」
羊の言葉は、言葉が言葉として解釈される前に、消えていった。

「やれやれ」 僕は早稲田祭へ足を運んだ。

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